HOME > ホワイトマックスブログ

●ホワイトマックスブログ

2016年7月 5日 【社長ブログ】
安岡教学を学んで7年(EMBニュースNo.117より)

 いつもお読み頂き、有難うございます。

関西師友協会というところで安岡教学を学ぶことになって、もうすぐ7年になろうとしております。なぜ学ぼうと思ったのかというと、当時の塾長にノセられてしまったからです。関西師友協会では、当時若手の育成を目的に、40歳未満の者を対象にした塾を立ち上げるところでした。その塾は月に1回、朝から夕方までみっちりと安岡教学を学ぶというものでした。具体的には、安岡正篤先生の著作、論語や大学などの儒学、そして日本の歴史や人物学等です。私は、温故知新という言葉が好きで、こうした勉強が嫌いではありません。しかし月に1回、冠婚葬祭以外は欠席してはならないというなかなかストイックな塾でしたから、やや逃げ腰になってしまい、最初のガイダンスのときに「先生、私は既に40歳になっております。対象外になるのではないでしょうか」と尋ねたところ、当時既に70歳を超えておられた塾長は、ギョロっと眼鏡越しに私の目を見て「やるかやらんかは、君次第や」とおっしゃったのです。多少負けん気もある私は、その言葉に「試された」と思い、「じゃあ、やりますよ」と応えたのでした。あの時、塾長は私を本当に試したのかどうかはわかりませんが、それからもうすぐ7年になります。

 

 塾が始まった頃は、とにかくついていくのに必死でした。旧仮名づかい、旧字、今では使われなくなった単語、漢文の読み下し方など、消えかかっていた学生時代の記憶を引き出し、わからぬところは辞書を引っ張り、調べることを繰り返す。今では使われない言葉もたくさん出てくるので、インターネットよりも辞書のほうが早いのです。まさかこの時代にこれだけ辞書を開くとは、思いもよらなかったことです。そうした学びの自己評価としては、「これだけやったのだから、自分はそれなりの理解ができているのではないか」というものでした。しかし、学びを数年に及んで重ね、改めて過去に読んだ本を開くと、「あぁ、こういうことか」と、かつての理解が表面的で浅かったことを反省することになったり、或いは自分が以前より深く理解していることに気付いて、楽しくなったりするものです。そして得た学びが、私自身の仕事や生活の中で、日々活かされていると実感することが増えてくるのです。

 

 ところで先日のことですが、同じ塾生の仲間から「俺ら、何のために学んでいるんやろね?」という、極めて単純な疑問を投げかけられたのです。私自身、それに対して簡明な言葉を返すことができなかったのです。今一度原点に返って、塾が開講した頃の書類をかき集めてみました。すると、①日本人の思想、信念、精神性を取り戻し、未来の日本社会を支える強固な人材の育成をはかる ②日本の先人がつくりあげてきた歴史・文化・伝統を学び、過去から現代、現代から未来にむけて日本人の誇りと自覚を強く意識づけることによって、一人ひとりが主体性のある人材に育ってゆくこと ③メンバー同士で相互研鑽を深め、切磋琢磨することによって創造性と主体性のある人材になる となっていました。

 

 「日本人として強固な人材になる」という文字を見て、ふと10年ほど前に話題作になった「国家の品格(藤原雅彦著)」という本を引っ張り出し、パラパラとページをめくってみました。ここには、塾でもっと突っ込んだ話をしていることが、平易に書かれておりました。平易な文章は読みやすくて良いのですが、私自身は、またもや「あぁ、平易な文章に甘えて浅い読み方をしておったんやなぁ」と反省することになります。日本の精神性や思想については、なんとも言葉にするのは難しくて、持って生まれたDNAというか躾というか、見えにくいものではあります。世界から見たとき、「日本人の感性はわかりにくい」と言われるゆえんです。しかし確実に存在しているものであるし、勉強すればするほど、それが私たち日本人に合っていると思うし、大切にしなければいけないと感じるところです。

 

 ここで日本精神だとかを述べはじめると、このニュースの記事が全部私の話になっても足りなくなってしまいますから、お話は置いておきます。安岡先生は昭和58年に他界されており、私はその謦咳に触れることはできなかったのですが、先生が「学ぶ」ということを語るときには「『古教照心』ではなく『心照古教』でなければならない」とおっしゃっていたようです。「古き教えが心を照らす」のではなく、「心が古き教えを照らす」でなければいけない。一度や二度書物を読んだところでは、せいぜい書物の内容が自分の心を照らしてくれたというレベルに過ぎず、自分で咀嚼して味わって血肉にしたときには、心が書物を照らすレベルになる。そうしたときに、本当に「わかった」ということになるのでしょう。学びとはそういうものでなければ、本当に活きたものにならないということです。孔子は「五十にして天命を知る」とおっしゃったようですが、まだ私はその域にも達しておりません。壮にして学べば老いて衰えず。学びに終わりは無いのでしょう。

感謝

投稿者: ホワイトマックス | 日時: 2016年7月 5日 11:51 | トラックバック (0)
2016年2月21日 【社長ブログ】
マイナス金利導入に思うこと(EMBニュースNo.115より)

 いつもお読み頂き、有難うございます。

 

年が明けてからというもの、政治経済のほうは本当にバタバタとしており、予断を許さないような状態が続いておりますね。私たちの社会は、一応「自由主義経済」とか「資本主義経済」をベースに動かされており、個々の生活も普段はあまり意識しないものの、そういう社会に組み込まれて生活を送っているわけです。1月の末には、日銀の黒田総裁がマイナス金利政策を導入しました。今すぐ私たち一般人に導入されるというものではなく、銀行が日銀に預けているお金、それも今以上に預ける金額にマイナス金利をかけるというものですから、実質的には「これ以上は日銀に預けるな」という意味合いがあります。日銀も、少ないとはいえ銀行に0.1%の利息を払っていたのですが、民間から低利息でお金を預かって、日銀に預けておけば利ザヤが得られるわけです。もちろん、民間に貸し出すときには、それ以上の利息を得ることが出来るのですが、民間の場合は銀行からすると、利息は得られるけど貸したお金が戻ってこないというリスクもあるのです。それを見極めて貸し出しはしているのだけど、集まってくる(預かる)お金も多額なので、日銀にストックすることになるのでしょう。

 

少ないと言っても、その利息がおよそ年間2200億円に上ると言えば、決して少ない額ではない。わざわざリスクを取ってまで民間市中に貸し出すのであれば、余剰は日銀に置いておけばいい、ということになっているのかもしれません。もちろん、多額のお金を扱う銀行のことですから、それだけで利益を上げているのではありません。ただ、国としてはこれを「もっと市中に出せ」という意識があり、そうでなければ民間が潤わないと考えています。そもそもマイナス金利というのは、考えようによっては「お金の価値が高すぎる」ということです。これはつまり、要らないものは今買わなくても、本当に要るときに買えばそれでいいじゃないか、ということです。そこで、国が目指しているのは、「みんなでお金を使いあって、それで豊かになろう」ということなのです。

 

日本のデフレは、本質的には解決しておりません。私の幼少の頃からの記憶をたどっても、1991年のバブル景気が終わるまでは、モノの値段はどんどん上がりました。しかしそれ以降、一般的なモノの価格はそれほど変わっておりませんし、むしろ安くなっているモノも多い。つまり、今なにかを買わないと将来高くなることもないですし、将来高くなるという見込みが立たなければ、今のうちに買っておこうという気分にもならない。2年前に消費増税がありました。41日の増税前に「駆け込み需要」というのがありましたが、感覚的にはそういうことです。将来高くなるとわかっているなら、今のうちに買うのです。しかし実態としてモノの価格は、あまり変わっていない。それに、給料もガンガン上がるわけではない。それだったら、ストックしているお金を吐き出させよう。そうすれば、お金が市中に回るだろうと考える。だから「マイナス金利を導入だ」となったのでしょう。お金の価値が将来下がることが予想されると、人は「今のうちに買っておこう」と動きますから。

 

今は日銀と民間銀行の間でやっていることですが、こういうことが一般の私たちの身近なところにまで及んでくるかというと、まだすぐにということではありません。日銀も、「今までの分はこれまで通りに利息を払うけど、今以上に預けられた分はマイナス金利にするよ」という状態です。しかし、それでも一般の消費社会が活性化しなければ、マイナス金利の幅が大きくなるとか、銀行も他の方法で穴埋めを実施する可能性はあるかもしれません。

 

マイナス金利の導入は、「日本円の価値が下がる」のと同じようなものです。だから、導入によって為替の影響としても「円安」に向かうと思われておりました。しかし、実態としてこの記事を書いている状況では「円高」に向かっております。それほど日本円の価値は、世界の中で相対的に見たときに「強い」と思われているということです。逆に言うと、日本が最終兵器まで導入してやっていることが、海外からみたら、「まだ大したこと無い」とみているのと変わりないのです。何かと感覚的にはしんどいニッポンの世の中だと思われがちですが、世界は「日本は豊かで強い」と見ているのですね(笑) そうでなければ、「日本が強い」のではなく、「世界が疲弊している」とみるべきです。

 

色々と好き勝手に書きましたが、私は経済学者でもなんでもなく、感覚的に世の中をみているだけです。専門的に勉強されている方々からすると、上に述べたことなどつまらない戯れ言にみえるでしょう。しかし、「机上でうまくいく」と思われていることがうまくいかない時、「現場には、まだ見えていない本質的な問題が隠されている」とみるべきです。とてもキナ臭い感じがします。私達も日々の生活に置き換えて、注視すべき時だと思っております。

感謝

投稿者: ホワイトマックス | 日時: 2016年2月21日 16:20 | トラックバック (0)
2016年1月 1日 【スタッフブログ】
平成28年 新年のご挨拶

皆さま、新年あけましておめでとうございます。

旧年中は、ご厚情賜りましたことに感謝申し上げます。

本年も何卒、よろしくお願い申し上げます。

 

皇紀2676年

平成28年 元旦

株式会社ホワイトマックス

社員一同

投稿者: ホワイトマックス | 日時: 2016年1月 1日 13:50 | トラックバック (0)
2015年12月21日 【社長ブログ】
丙申の新年を迎えるにあたって(EMBニュース No.114より)

 いつもお読み頂き、有難うございます。

さて、早くも年末年始となりましたが、平成2712月をもって私の社長就任から丸10年が経ちます。2ヶ月に1度のこのニュースに寄稿するようになって、次回が60回目。人生の先輩方からは、歳を重ねるとどんどん時間が過ぎるのが早く感じると言われてきましたが、振り返ると本当にあっという間の10年だったと感じます。このニュースをお読みいだいている方々は、弊社創業者で現会長の増本勝久のことをよくご存知の方がいらっしゃると思います。突っ走り続けることを天命とし、70歳にしてマックスファームという農業生産法人を立ち上げて、社会に何が貢献できるか、そればかり考えております。困難や失敗を恐れず前進する姿は、私たちの会社のDNAとして守り続けていかなければならないと、強く感じるところです。

 

さて、年末年始号恒例の干支です。振り返ってみますと平成27年は「乙未(きのと・ひつじ)」の年でした。五行では「木剋土」で、木は根を伸ばして土を押しのけ、養分を吸い取って土を痩せさせるという意味です。あらゆるものごとは、栄枯盛衰を繰り返して大道には逆らえないものです。アベノミクスという言葉は早くも過去のものとなり、いわゆる先進国での成熟しきった経済活動の中で行われる対策などは、カンフル剤に過ぎないことは明らかです。重要法案の成立などもありました。こうしたものも、その本質が何かを理解しないといけないのですが、戦争か平和かの単純化された議論ではなく、大局的に把握しなければ理解は難しいものです。誰も戦争など望んではいません。その中で具体的なことについては、大なる目的にどう合致させるかを意識していかなければなりません。

 

平成28年は「丙申(へいしん、ひのえ・さる)」になります。陰陽五行では「火剋金」です。火と金が打ち消し合う、火が金属を溶かすことを意味します。「丙」は盛ん、あきらか、つよい、という意味を持ち、27年の陽気が一層発展することを示しています。また「申」は雷光が屈折して走る形を表し、屈伸、伸びる、あきらかの意があります。27年の「乙未」は、外圧を押しのけて芽が出るという意味を持っていましたから、その後は上に向かって伸びていく様子を意味しています。数年を振り返ると、原点を見直して成長発展の礎を改めて構築し、それから次に伸びていく動きとなっておりました。今年はその延長線です。根本・根源から、具体的に先に延ばしていくことが大切であるということです。地中ではがっちりとした根を張りながらも、地上の見えるところに何を伸ばしていくのか、そこに意識を傾けるということです。本末転倒にならぬよう、大局的な視点を持たねばなりません。

 

以前にお話ししましたが、タイのバンコクに継続して行くようになっております。最近は2週に一度のペースとなっており、これが結構体に堪えます。時間を有意義に使いたくて往復の移動を深夜便にしているのですが、機内でゆっくり寝れないので、行ってもフラフラ?帰ってきてもフラフラ?という状態になります。46歳、人生の先輩からすると「まだまだ若いしバリバリできる」と言われるのですが、徹夜しようが二日酔いになろうが、こと自分の身体については「脳ミソ筋肉」状態でやってきました。しかし「このままではイカン」という思いも芽生え始めてきております。

 

日本ではあまりニュースになっておりませんが、タイの南部ではインドネシアから流れてくる煙害に苦しんでおり、私たちにも何かできることはないかということで、マスクを寄付させていただきました。タイの窓口をしていただいた方々、そして無償で運んでくれた方々など、多くのご協力もあって無事にタイの南部に届いたのですが、感謝状を頂くことになりました。前回の訪タイ時には、その授与式がありました。大変な栄誉なことで嬉しくも思いますが、問題が早く収束することを祈るばかりです。

 

挑戦するDNA、新たな取り組み、既存のカイゼン、やることは山のようにありますが、平成28年はこれまでに出た芽を、健やかに地に足の付いた形で伸ばしていきたいものです。火は金属を溶かしますが、冷えて固まったタダのカタマリではなく、形を整えて固めていくものだと捉えていきましょう。今後とも変わらぬご支援、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

感謝

投稿者: ホワイトマックス | 日時: 2015年12月21日 15:55 | トラックバック (0)
2015年11月 1日 【社長ブログ】
グローバルな視点を持つ(EMBニュース No.113より)

 いつもお読みいただき、有難うございます。

 前回、グローバル化について少しお話ししましたが、最近日本を取り巻く環境で、グローバル化について考えるきっかけとなる2つの大きな動きがありました。ひとつ目は安保法案。私たちの生命や財産をどのように守るのかを、国単位でどう考えていくのかということです。以前から憲法第9条を改定するのか、或いはどう解釈するかの議論がありました。元来はそこに派生する形であるはずの集団的自衛権だと思うのです。しかし、派生どころかこちらが目的ではないかという様相です。カタチの上では護憲ではあります。そして憲法の解釈変更により、見かけは明瞭ではあるのですが、つじつま合わせと言いましょうか、本末転倒の様相で採決されることになりました。安保法案が参議院を通過する前までは、近年では見られなかった規模の法案通過を阻止するデモが起こりました。こうした動きは、今後どうなっていくのでしょう。いずれにしても、法治国家である以上、法律による定義づけが明瞭でなければ、必ず有事に際して議論は起こります。現実の有事にある背景は、往々にして複雑であるものです。そのとき、カタチだけの明瞭さ故に、私たちニッポンが国際社会の中で、おかしな方向に動くことにならぬよう願うばかりです。

 

 もうひとつは、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の大筋合意です。12か国による貿易自由化に向けた動きです。12か国の中で、日米2国のGDPが全体の9割を占めているようなので、事実上の日米の経済協定ではないか、という論調も出ております。私自身、報道を細かく見たわけではないですが、日本にとってはトータルではプラスの効果が大きい、ということになっているように見えます。しかし細部においては、かなりの影響を受けるところもあり、特に食品に関しては相当のものになるのではないか。そう言われております。過去ガットのウルグアイ・ラウンドでは、農産物の自由化には至らなかったものの、日本でもミニマムアクセスと言われる最低限度の輸入を受入れてきました。ですから、日本全体の農産物・食糧の貿易問題としては、今に始まったことではありません。徐々に受け入れながらやってきている訳ですが、面積が大きな国は大規模農法が得意ですから、効率を追い求めると日本とは比べ物にならない成果を生み出します。こうした中で、狭い、非効率な日本がどうしていくのかが課題になるでしょう。同質のものであれば、効率的に作られたものの方が安くなるのは当然のことです。クールジャパンなどと言われておりますが、効率だけではなく、日本らしい質を追う部分を、いかに農産物などに付加できるかが、大変重要になってくるのでしょう。こうした課題は、常に国際社会で議論はなされているのですが、やはり局所では大きな影響を受けることが予想されます。

 

 こうした動きは、なんらかの課題解決のためであって、その背景には国家単位の様々な思惑があります。少し乱暴ですが、身体を国家に例えてお話ししてみましょう。普段運動不足気味の私が、健康を害してしまうと家族に迷惑がかかると思って、運動を始めたとします。そうすると鍛えられはしますが、なまった筋骨は悲鳴を上げます。身体を構成する色んな細胞は、傷め付けられて局所では筋肉痛や関節通になります。しかし鍛えなければならないからといって、大けがをするまでとか、倒れてしまうまでとかして鍛えることはありません。そうならないように、コントロールしながら鍛えていきます。大きな動きというものは、一時的に局所では楽になったり、局所では苦しくなったりする可能性があるということです。そうして、身体全体としては徐々に健康になっていくということです。身体の部分には、全て意味があるのですから、全体を守るために部分を切り捨てる、というようなことではダメだと思います。今後段階的な変化が実施されていきますが、影響を受ける部分では、これまでの考え方ややり方を転換しなければならないでしょう。

 

10年も前のことでしたら、グローバル化といっても生活の中ではピンと来なかった人々が多かったのかもしれません。もちろん職種や立場によっては、「ずっと前から自分はグローバル化の中に身を置いているよ」という方もいるでしょう。しかし最近の動きを見ていると、なんらかの影響を受ける人々が増えてきているのではないでしょうか。それくらい、大きな動きというものが身近に影響する時代になってきているのかもしれません。それ故、グローバル化という言葉が一般的になってきているのでしょう。個や部分と全体。こうした関係性について、考えることが増えてくるのでしょう。前号の記述に引き続いてのことになりますが、世が成熟しているかいないかではなく、これもまたバランス感覚の問題であると思うのです。自分には関係ないとタカを括ると、大変なことになることがわかります。大きな動きというものに興味を持ち、それを自分なりに咀嚼して捉えておかなければならない時代が、本当に身近にやってきたのだと思います。

感謝。

投稿者: ホワイトマックス | 日時: 2015年11月 1日 15:45 | トラックバック (0)
2015年8月10日 【社長ブログ】
グローバル化に思うこと(EMBニュース No.112より)

 いつもお読みいただき、有難うございます。

 昨今、グローバル化の勢いは様々なシーンで目にするところです。私たちがおります大阪においても、都心部のショッピングエリアを中心とした人出の多いところは、中国の方をはじめとする外国の方々でいっぱいです。また、京都駅を通りがかることがあったのですが、改札周りでは「ここは日本か?」と思うくらい、ここも外国人の方でいっぱいです。10年くらい前でしょうか、まだ訪日外客数が年間700万人前後をうろうろしていた頃、ある議員さんが講演で「もっと日本もたくさんの人を迎え入れなければならない」とおっしゃっていたことが思い出されます。近年でも年間約8000万人を迎え入れるフランスが、外客数では断トツのトップです。その講演でもフランスはとにかく観光客がすごい、日本にも観光資源はたくさんあるのに、来られる方の多くがビジネス目的だとおっしゃっておりました。とにかく早く1000万人を目指して、国も頑張っていきたいと。

 

 観光目的の方に対するわかりやすい標識、外国語での公共交通機関の案内、いろんな改善をした甲斐もあってか、2013年にはとうとう日本に来られる方も1000万人を超え、昨年はなんと、1300万人を超える方々を海外から迎え入れるに至りました。今年は1から6月の半年で900万人を超えています。近年の伸びはすさまじく、そりゃ外国人を目にする数も増えて当然ですね。ではアジアではどうかというと、2014年のデータだと、中国は断トツで5500万人を超えています。次いでトルコが約4000万人、マレーシア・香港・タイが2500万人超、お隣の韓国が約1400万人、シンガポールが約1200万人というところです。上には上があるんですね。日本は今、海外から見ると通貨が安いと見られておりますので、お得に旅行できるという感覚も強いのでしょう。インバウンド消費と言われる、これら外客の方々がお買い求めになるモノやサービスの金額も相当なもので、経済関連の話題のひとつになっております。

 

 さて、6月に初めてタイのバンコクに行って参りました。ひと言でいうと、ものすごい活気でした。特にグローバルな視点で観たときには、日本とは比べ物にならないくらいの活気。街中を歩いていると、タイ人ではないと思われる人たちの多いこと。ASEAN(アセアン=東南アジア諸国連合)により、「開かれた国」だというイメージが瞬時に植え付けられました。年末にはASEAN10か国による経済共同体が発足する予定で、さらに具体的な形でヒト・モノ・カネの大きな流れが生まれるであろうと言われております。そうした背景で、私たちもエンバランスをはじめとする、持っている技術、ノウハウ、製品などを、海外で活かすことができないかという思いを秘めて、とにかく広く見聞を広める意味での初訪問です。

 

 ビジネスの話はさておき、私たちはこの地球に生れ、どこかの国に籍を持ち、その国の文化や共通の暗黙知も含めたルールの中で生活しております。普段はあまり意識することがないのですが、海外に行くと普段との違いが浮き彫りになり、かえって「なにげない普段」を意識する機会にもなります。ニッポンの良いところや悪いところ、普段当たり前だと思っていることが国際的には大きな特徴であることが感じ取れるのです。良くも悪くもこの国は島国であり、他に邪魔をされずに自分たちの常識を築きやすい一方、外で何が起きているのかが見えにくい。ある意味変化しやすく、ある意味変化しにくい。この記事の枠だけではなんとも説明しにくいのですが、私はそういうものを感じることが多いです。

 

 私たちは常識の中で暮らしています。小さなところから言うと、自分の常識、家族の常識、自分が所属している組織の常識、地域や地方の常識、国や宗教の常識、世界の常識などなど、区切り方も色々ありますが、小さなものから大きなものまで様々な社会の常識に囲まれて自分があります。その常識にどう対応するのかの強弱も、目の前に現れるシーンに応じて変化します。自分以外の相手に合わせることもあれば、避けて通ったり信念を貫かねばならなかったりするときもあります。いずれにしても、避けてばかりでは孤立していきますし、貫いてばかりでも孤立していきます。自分という単位だけではありません。例えば家族でまとまっていても、この地域は生活スタイルが合わないというカタチもあります。しかしどこかで相手(達)のことを理解し、その中で自分(達)も相手(達)もどうしていくのかを一緒になって考えないと、互いが居づらくなっていきます。

 

 中国に初めて行った時にも、常識の違いというものに触れてショックを受けたり感動したりしたものです。今回はバンコクに行き、久しぶりに強くそういう感覚を得ました。最近はなにかとグローバルという言葉が横行しておりますが、ことの本質は自分(達)を知り相手(達)を知り、その理解の中でどうやっていくのかを考えて行動していくことなのではないか。そのように感じているのです。

感謝。

投稿者: ホワイトマックス | 日時: 2015年8月10日 13:19 | トラックバック (0)
2015年7月 1日 【社長ブログ】
お役立ちの連鎖が社会発展と自己成長を促す(EMBニュース No.111より)

 いつもお読みいただき、有難うございます。

 前号では、エンバランスのラップについてご紹介させていただきました。お蔭様でご好評をいただいており、ご利用いただく方々も増えつつあります。とはいえ、私が「お値段は高い」と書いたためでしょうか、既成の食品用ラップとの価格差がそれなりにあるために、「ラップでこのお値段はねぇ...」と、ご購入に難色を示される報告もそれなりに伺っております。私たちの挑戦はまだ始まったばかりですが、とにかく従来ラップと同様の使い方にするのではなく、できましたら機能性があるという点において、従来のラップと区別してご利用いただければ嬉しい限りです。こだわりの食事を提供されるお店では、材料の保存にもかなりのこだわりを持っておられます。プロフェッショナル視点からのご評価を受けて、継続的にご利用をされる方々も生まれてきています。先日は、ラップを既に継続利用されているお寿司屋さんに参りました。ミシュランガイドにも掲載されている、素晴らしいお店です。どのようにエンバランスを活用されているか、伺ってまいりました。こだわりのプロが、どのようにご活用されているかなども、改めて皆さまに情報としてお送りして参りたいと思います。

 

 さて、当社も4月からまた新しい社員を迎え入れ、気持ちも新たに頑張っているところです。世間では景気がいいと言われており、企業が将来を見据えて新しい社員を採ろうとする動きも活発になってきているようです。弊社も新入社員を迎え入れたところですが、もう既に来年に向けた採用の動きを開始しております。

 

弊社の社員数は、私が入社した頃は10人程度だったのが、今では4倍以上になっています。縁あって当社に入ってきてくれて、頑張ってくれている仲間です。私は父親から事業を承継し、弊社の代表となってあと半年で10年を迎えようとしています。自分が現場仕事をやっている頃には、あまり考えが及んでいなかったのですが、社長になってからというものは、人とどう向き合って経営をしていくかを常に考えるようになりました。会社が業績を上げて成長していくことは、一般的には良いことだと言われます。だからと言って、業績だけを目的にしてやって良いものか。業績を上げることは、とても大切なことです。私たちは普通、誰かからお金をいただいて、そして誰かにお金を払うことで生活を成り立たせています。よほどの山籠もりの自給自足の暮らしをしないと、この構図から逃れることはできません。業績を上げるにしても、そういう一般論として人の生活とお金との関わりというものも、考慮しながら経営をしていかなければなりません。今は個人を中心にした多様な考え方も一般的になりつつありますが、それでもある程度は必要なことだと思います。

 

最近目を通した雑誌に載っていたことです。晩婚化と高齢化によって、どういう人生になってきたのかが載っていました。以前は結婚をし、子どもができ、親の育児サポートもあり、自宅を購入し、子どもを大学やって社会人になると、そろそろ住宅ローンも終わり、仕事をリタイアすると年金生活になり、今度は高齢になった両親の介護などに時間かかるようになるとされていたのです。これが、晩婚になると自宅の購入が遅れ、子どもが出来た頃には親も高齢で育児サポートが少ない、大学にやる頃には両親の介護もやってくる、リタイアしても住宅ローンがまだ終わらない、年金がもらえるのはまだ先だという。もちろん、皆が皆ということではないが、平均像として考えられなくもない。

 

 そうすると、業績を上げていくということも、こういうことを考慮した上でのことであり、会社はそういう人生をサポートできるものにしていかなければならないと思うのです。上記は一例に過ぎないのですが、個人としても自分の人生プランに沿った形で、仕事やお金と付き合っていかなければならないと思います。今どきインターネットなども普及しているので、お金という面では会社勤めではなく、1人で稼いでいくこともやりやすい世の中になりました。教科書には「企業は儲けることが目的」となっております。しかし、敢えて人が集まってひとつ屋根の下で会社に勤めるのであれば、私は社会基盤としての意味合いのほうがずっと大きいと思っているのです。そこに勤める人を守るために社会基盤としての企業があり、その社会基盤を守るために勤める人がいます。更に会社は国とか地域社会(お客様とも言える)というものに感謝し、商売を通じて還元しあう。長い目で見てこういう「流れを作っていく」ことが、社会人になる一つの目的だと思うのです。仕事選びも、そういう視点をもってやってもらいたいなぁという思いを述べさせていただきました。

感謝。

投稿者: ホワイトマックス | 日時: 2015年7月 1日 12:54 | トラックバック (0)
2015年4月24日 【社長ブログ】
エンバランス新鮮ラップの挑戦(EMBニュースNo.110より)

 いつもお読み頂き、有難うございます。

 エンバランスの新鮮ラップが発売となりました。エンバランスは、弊社が生鮮食品の鮮度保持の研究に着手し、様々な実験を繰り返してきた過程で生まれてきたものです。初期は普通の袋だけだったものがチャック付の袋も追加され、袋だけでなく丸型や角形の保存容器も生まれ、水をはじめとする液体保存用途の製品にも発展してきました。これまでの製品づくりにおいては、色んな加工メーカー様のご協力を経て生まれてきたものです。今回のラップは、エンバランスが生まれた頃から、多くのお客様の要望があったものが実現したものです。

 

 ラップというと、袋に入れるよりも小さく包める、食器のフタとして使って食品を覆うなど、現代生活においては普通にご家庭にあるものです。もちろん、無駄に使うとゴミを増やすことになるので丁寧に使いたいものです。昨今は、様々な素材の製品があり、外気の遮蔽率の高いもの、耐熱性の高いもの、張り付きの良いもの、安価なものなど、各メーカーが様々な特徴を謳って販売しております。大量生産でコストを抑える努力もさることながら、販売競争も熾烈なので、ユーザー側もその恩恵を受けている製品群であると言えるでしょう。

 

 そんな中で、私たちが作ったエンバランス新鮮ラップは、新たな挑戦と言える商品です。そもそも「作る」ということだけでも、大量に生産している大きなメーカーさんとの共同作業でないと実現できない製品です。私たちのような小さな会社にとっては、そういう製造面での問題がありました。また、エンバランスが生まれたきっかけは、環境問題を意識することからです。できるだけ使い捨てを避け、モノを大切に使うという思いがあります。そんな中で、どうしても使い捨てにされやすいラップというものを企画する以上、それだけメリットの大きいものでなければなりません。恐らく、今までのエンバランス製品の中で、使い始めから最終的にゴミになってしまう期間は、この新鮮ラップが一番短いものになります。環境負荷のことを考えるのなら、やみくもに物量を販売することだけではいけません。そういう「思い」の部分と「メリット・デメリットのバランス」の課題もありました。長い時間をかけて、ラップをやるかやらないかを考えてきました。

 

そしていよいよ試作ができる環境が整い、試作品ができ上がりました。とにかく、商品化するかどうかは別にして、「まずは現物を作ってみようじゃないか」となったのです。そして実験を繰り返して効果を確認し、一方では商品としての思いや考え方に葛藤がないのか、頭をフル回転させてきたのです。構想が始まったのはずいぶん昔、構想の具体化に動き始めたのが2012年くらいだと思います。これまでのエンバランス製品どおり、良い結果は色々と確認できました。生産面においても問題はありません。実際にお使いいただくと、きっとこれまでの袋や容器だけでは若干不便と思われていた使用環境でも、ラップだからこそ便利にご活用いただけることが増えると思います!今回私たちは、これまでのラップに鮮度保持という付加価値を与えた先駆者的な存在になりました。ラップそのものが、鮮度保持や保存期間延長のために生れたとも言えますが、そこをさらに踏み込んで付加価値を与えたということです。

 

ただ、販売しておきながらこんなことを言うのは、甚だおかしいことをわかりながら、敢えて申し上げておきたいのです。ラップは使い捨てにされやすいものですが、資源を大切にして、そして本当に有効活用してもらいたいと思うのです。中身が長持ちすることによって、トータルで考えるとゴミや廃棄されるものが少なくなるとか、様々な保存方法を組合せて環境負荷を減らすとか、無駄やもったいない結果を減らす努力をするとか。そういう思考プロセスがうまく働くと、きっと新鮮ラップの価値が上がってくると思うのです。

 

 幸い(?)私たちの力も及ばぬところがあって、商品化されましたが価格は従来からある一般的なものに比べると、ずいぶんお高い商品になっております。スミマセン!しかし、だからこそ大切に使うきっかけにもなると思いますし、先述のように、うまく思考プロセスを働かせてご活用してもらいたいのです。これが、私たちの新たな挑戦なのです。その思考プロセスを共有できたとき、単なる使い捨て商品が、大きな意味を持つものになると思うのです。

感謝。

投稿者: ホワイトマックス | 日時: 2015年4月24日 16:57 | トラックバック (0)
2015年3月11日 【社長ブログ】
長期の視点・短期の視点のバランスを(EMBニュースNo.109より)

 いつもお読み頂き、有難うございます。

 

 世間は、年度変わり(3月末)に向けて、慌ただしく動き始めているところです。私は、微力ながら社外で諸会のお手伝いをさせていただいております。こうした会も、年度が変わると方針や人事が変わるので、この時期にバタバタとします。激動の時代、しかし一見すると落ち着いて見えるこの時代への対応をするために、ヤバいと感じている人たちは、変化を求めて色んな策を考えています。しかし、そのやり方も千差万別。また、見た目が落ち着いているので、そんなに変化する必要もないだろうと考える人たちもいます。巨大な船が安心して楽しく航海するために、どうやって舵を切っていくのか、誰を船長にして従うのか、そして協力していくのか。一歩間違えると生命にかかわると考える人、大した問題ではないと片付ける人、色んな人がいます。私たちは、一人一人がどうするかだけでなく、社会で生きるからには、みんなでどうしていくのかという視点も持つ必要があります。今はその意見が、かなりバラバラになっているときではないかと思います。

 

 私たちは、なんらかの結果を残していかなければなりません。年度の目標が立つと、具体的に何をやるのか、いつまでにやるのか、誰が作業分担してやるのかといった、計画も大切になります。進捗を管理するためには、毎月の成果を把握する必要もありますし、最近ではそれに加えて四半期とかクオーターと言って、3か月ごとの把握をすることも一般化してきています。こうした目標管理がシビアになってくると、都度ごとの数値的把握の人々に対する心理的影響力が、どんどん増してきていると思います。クリアしたから良い、クリアできなかったから悪い、結果に対する考え方もバラバラになります。クリアにも良いプロセスを経てクリアしたもの、あまり理想的でないプロセスを経てクリアしたものがあります。成果そのものと違って、プロセスに数値的な評価を与えることは難しいのですが、厳然としてプロセスにもレベルが存在していることがわかります。こうしたところでも、人それぞれ意見が分かれてしまいますから、大小関わりなく組織(社会)はバラバラになりやすいのです。

 

 ある会で、私は楠木正成という人物について調べて、人前で発表するという機会がありました。正成は、南河内(今の大阪の中南部)の土豪に生れ、困窮する庶民を思い、この国をどうしていこうかという理想を持って活躍した700年くらい前(鎌倉時代末期)の人物です。楠公(なんこう)さんと呼ばれて親しまれております。ご興味ある方は、太平記という書物があります。古い記述ですが、現代語訳もありますから、お読みになってみてはと思います。その楠公さん、最終的には義を立てて自刃して亡くなるのですが、その壮大な理想に向かうプロセスには、大変な苦労がありました。太平記には、一度や二度の負けがあっても、自分が生きている限りは、勝ちに向かって動いているというような一説があります。結果を一時的に見たときには、失敗となって表れることもあるが、壮大な目標を達成していくためには、一時だけでものごとを見るのではなく、全体として成果が出る過程だと考えるのです。人生山あり谷ありというやつです。それで長い目で見て振り返ったときには、ちゃんと登ってきているという考え方です。かつて、松下幸之助翁のことに触れて学んだ時にも、失敗は成功するまでにあきらめるから失敗になってしまう、というようなことを知りました。大阪というところは、こういうことをお話になる偉人を輩出し続けているのだと、感慨深いものがあります。

 

 私たちは、目で見て分かりやすいから、数値化されたものや期間で区切られたものをモノサシとして活用しています。だからと言って、それだけですべてのことを判断するのは、早計だと思うのです。1年は、長いようですが、やれることに限界はあります。だから1年で成果を求めてしまうと、大きな目標を忘れて、小さくまとまったことしかできなくなる可能性があります。或いは成果を急ぐ結果、プロセスが乱れる可能性があります。壮大な目標こそ大事だと言っているのではありません。大きな目標があるからこそ、小さな目標があるという視点を持とうと言っているのです。どちらも大切なのです。今はITも発達していますから、管理などはいくらでもシビアにできます。それ故に、わかりやすいからと言って年とか月単位だけに注目すると、小さなことで一喜一憂することになります。私たちが「行動」をするときは、モチベーションが高い状態で行われることに越したことはありません。一方、高い目標を語るだけでは絵に描いた餅になるので、両方が大切なのです。短期に固執した結果、長期的な視点や壮大な目標から見たときに本末転倒となってしまうのでは、もったいないと思わないですか?

感謝。

投稿者: ホワイトマックス | 日時: 2015年3月11日 16:58 | トラックバック (0)
2015年1月 5日 【スタッフブログ】
謹賀新年

みなさま、明けましておめでとうございます。

旧年中のご厚情に感謝申し上げますとともに、

本年もご指導ご鞭撻を賜りますよう、

何卒よろしくお願い申し上げます。

 

株式会社ホワイトマックス 社員一同

 

kaiya.jpg

快哉(かいや) 近藤朱鳳先生 書

愉快な心

心の底からの晴れやかな曇りのない気持ち

投稿者: ホワイトマックス | 日時: 2015年1月 5日 18:24 | トラックバック (0)

●おススメのブログコンテンツ

安全衛生用語の基礎知識
環境への取り組み
エンバランス
エンバランスショッピングサイト
ホワイトマックスブログ
Facebookページ
Facebookページ
Copyright (c) 2008 Whitemax Co.,Ltd. All rights reserved.